日本密教を理解するための基礎知識

仏教的思考のための基礎知識

日本の密教には東密(真言宗)と台密(天台宗)と言われる二つの流れが発展しました。真言宗が純粋に密教のみを教義とするのに対し、天台宗では『法華経』の教えを中心とする天台教学と密教の一致を計りました。そこで、両者の間には少なからず、教えに相違点が見られます。そういった違った二つの密教が、お互いに影響しあい、教学を発展させていくこととなります。日本密教を理解しようとする時には、このような特徴を知っておくことが大切です。

まず、日本の天台宗の特徴を知っておくとわかりやすいと思います。天台宗というのは中国から伝わってきた教えですが、日本の天台宗は中国の天台宗とは少し違う形を取っています。ですから、単に天台宗と言うより、日本天台と呼んでも良いのかなと思います。そこで、簡単に日本天台の状況を説明します。
最澄(七六七~八二二)さんに始まる日本の天台宗の最大の特徴は、円・密・禅・戒(天台円教・密教・禅法・菩薩戒)と呼ばれる四つの学問を兼学する総合仏教だということです。ですから、中国天台とは教義も修行などの実践曼でも相当異なってったものとして発展しました。最澄さんは唐に渡って道随さん・行満さんという二人の先生から『法華経』の教えである天台円教を学ぶとともに、密教、禅、菩薩戒をも学び日本に伝えたのです。そして、これらを融合統一した総合仏教として日本の天台宗が樹立されたということです。最澄さんが比叡山の僧侶のために書きました『山家学生式』という比叡山の僧侶が守るべき決まりをまとめた書物には、十二年の間比叡山から出ずに修行することが記され(山に籠るので、籠山(ろうざん)修行と言います)、その間に、『法華経の教え(『山家学生式』では止観業と呼ばれています)と密教(山家学生式』では遮那業)を学び、修行しなさいいと規定されています。止観業というのは、『摩訶止観』という中国天台の書物に説かれている、四種三昧という修行を行うことを指しますので、これは中国天台から伝承した内容ですが、遮那業というのは『大日経』という密教のお経を中心とする内容ですから、つまり密教のことで、後に弘法大師空海の真言宗が、京都の東寺を中心とする密教という意味から「東密」と呼ばれるのに対して天台宗の密教という意味で「台密」と呼ばれるようになります。最澄さんの死後も、天台宗では円仁(七九四~八六四)さんや円珍(八一四~八九一)さんなどが相ついで中国の唐に渡り、密教の充実につとめました。そして、安然(八四一~?)さんという方に至って台密教学が大成されたと言われ、天台宗における密教の位置が確立されました。つまり、最澄さんのお弟子さん達によって『法華経』の教えと密教を一致させるような教理(これを「円密一致」と呼びます)が深まったのです。また、最澄のお弟子さんである円仁さんが中国より伝えた、浄土教の流れを汲みます念仏(この念仏は「五会念仏」と呼ばれます)も伝承されました。このようなことから、天台宗は、後に、鎌倉時代に至ると浄土宗などをはじめとする鎌倉新仏教を生む母体となったのです。

そして、最澄さんより1年遅れて帰国しました空海さんにはじまりますのが、真言宗です。真言宗は天台宗とは違って密教しか行いません。ですから、より純粋に密教の教えを貫いていることになります。根本的な経典とされますのが、『大毘盧舎那神変加持経』(以下『大日経』)と『金剛頂経』という二つのお経です。これを二つ合わせて「両部大経」なんて呼んだりします。ちなみに、天台密教ではこれに『蘇悉地羯羅経』というお経を加えて、「三部大経」なんて呼んだりします。

『大日経』と『蘇悉地羯羅経』というのは両法とも善無畏(六三七~七三五)という人が訳しています(『大日経』の翻訳には一行という人も関わっています)。訳というのは、どういうことかと申しますと、仏教はもともとインド出身ですので、お経も多くはインドの言葉(これを梵語と言います)で書かれています。しかし、仏教が中国に伝わりますと、それを中国語にしなくては皆読めません。そこで、インド語から中国語に翻訳をしたのです。ところが、この時、誰が翻訳したのかということが重要になります。なぜかと言うと、お経を翻訳する時に、訳した人の意図が多分に反映されるからです。また、翻訳する人の得意な経典を扱うことも多いですから、翻訳する人によって内容の系統を分類することができたりするわけです。というわけで、『大日経』と『蘇悉地羯羅経』は同じ系統のお経と言えるわけですね。

ところが、『金剛頂経』はちょっと違います。実は、金剛頂経というのは、古来より十八会十万頌あるとされる大経典群の総称でありました。しかし、日本において、単に『金剛頂経』と言う場合には大経典群の中の初めの部分である、『初会金剛頂経』を指すことがほとんどです。この初めの部分は、金剛智三蔵(六七〇年頃~七四一年)訳『金剛頂瑜伽中略出念誦経(略出念誦経)』四巻、不空三蔵(七〇五年~七七四年)訳『金剛頂一切如来真実摂大乗現証三昧大教王経(金剛頂大教王経)』三巻、施護訳『一切如来真実摂経』三十巻といくつか訳本があるのです。ですが、日本の真言宗で主に使用されるのは不空訳の三巻本ですから、これだけ不空さんという人の訳本ということになります。

真言宗の教学を大成したのは日本の空海(七七四~八三五)さんです。八〇四年に唐に渡り、長安の青龍寺というお寺で恵果(七四六~八〇六)さんという、当時の中国で一番密教に詳しかった、偉いお坊さんから『大日経』の系統と、『金剛頂経』の系統という二つの系統の密教を伝授されました。

上記でご説明しましたように、これら二つのお経は翻訳者が違います。ということは、本来は、成立の系統が異なるということです。つまり、善無畏訳の『大日経』と不空訳の『金剛頂経』を学ぶということは、善無畏系、不空系という二つの系統の密教を学ぶということです。インドでは違う系統であった両者を、中国で空海さんが師事した恵果さんが学び、両方とも空海さんに伝授したことによって統合されたと考えられます。そして、後に日本では両部として尊重されるようになるのです。

さて、仏教の中でも、密教という分野の仏教の最大の特徴の一つが事相と教相の両側面を重要視するということだと考えられます。事相というのは、修行や法要の作法や、それに伴う図像(美術)や道具も含む実践的側面のことを言います。また、教相というのは教えの思想を指します。密教においては事相と教相が常に相応し合い、それに伴う図像や法具も必需品なのです。

このことについては良く
「鳥の双翼、車の両輪の如し」
などとたとえられます。鳥は翼が二つ無くては飛べないし、車も片方のタイヤだけではうまく走れませんので、両方には優劣などはなく、両方そろって存在することに意味があるのです。とは言っても、教相を先に学んだ後、事相を学ぶのが理想的であると考えられています。最初に思想的な考え方を良く理解して、その上で実践を行うことで、より、充実した実践が行えるわけですね。

上記のようなことをはじめに知っておくと、より、密教の教えはわかりやすいものとなるかと思います。

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